楽園の炎
「ま、そうかもね。俺だって朱夏がこいつら全員に勝ったら、ちょっと引くわ」

笑ってがしがしと朱夏の頭を撫で、夕星は傍らの兵士二人に視線を落とした。

「じゃ、さし当たっては、この二人に頼もう。城居残り組と合流してから、きちんと決めるか」

夕星に指名された二人が進み出、朱夏の前で深々とお辞儀した。

「よろしくお願い致します。全力でお守り致します」

「こちらこそ。よろしくお願いします」

朱夏もぺっこりと頭を下げると、近衛隊の兵士らは、ちょっと目を丸くしたようだが、すぐに、わはは、と笑い声を上げた。

「あはは。さすがに夕星様のお相手だ。ちっとも横柄なところがない」

「夕星様に似ておりますなぁ。そう考えれば、ナスル姫様とも似ておられるか」

和気藹々と話していた近衛隊と夕星だが、ここはまだ天幕の中ではない。
雨もまだ止んではいないので、朱夏は思わずくしゃみをした。

夕星や近衛隊は、ずっと外にいたので、雨用の外套を着ているが、朱夏は慌てて輿から出たので、外套すら付けていないのだ。
雨に打たれて濡れた身体に、慣れぬ寒気が吹き付ける。

「おっと、すまん。朱夏は外套、着てないんだったな」

言うなり夕星は、自分の外套の中に、朱夏を抱き寄せた。

「じゃ、そういうことで。明日は頼んだぞ」

朱夏が暴れる隙もなく、ひょいと彼女を抱き上げると、夕星はそう言い置いて、皇太子の天幕に向かった。
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