楽園の炎
「運が良かったと、喜ぶべきなのかな。確かに木槌は、痛そうだ。ところで」

ユウは不意に朱夏の手を取って、扉へ向き直った。
手を取られて、朱夏は瞬間緊張したが、ユウが足を踏み出したのが寝台のほうではなく扉だったことで、夜這いではないのだと、少し安心する。

「ちょっと出かけようぜ」

「え?」

朱夏の手を引いたまま、ユウは扉に手をかける。

朱夏は慌てた。
こんな夜に出かけることより、それ以前に、ここから外へ出るには、外宮を通らねばならない。
どうやってここまで入ったのかも謎だが、このままあっさりと部屋から出れば、騒ぎになることは間違いない。

「ちょ、ちょっと待って! どうやってここまで来たのか知らないけど、帰りもそう簡単にいくとは、限らないじゃない」

「そうか。それもそうだね。う~ん、どうしようかな?」

のんきに言うユウに、朱夏は衣装用の引き出しを開け、薄いが透けない程度の大きな布を取り出した。
ばさ、と広げ、ユウに頭から被せる。

「あたしが連れてる、侍女にしよう。異国の侍女の中には、頭から布を被ってる者もいるから、おかしくないと思う。・・・・・・ちょっと背が高いけど」

朱夏自身、こんな簡単に警備の者を欺けることに、自嘲めいた気分になるが、おそらくこれで大丈夫だ。

---外宮の警備は、確かに緩いもの。あたしもよく、夜中に抜け出したりしてるし。だからこそ、貴族の姫君は、内宮にお部屋をいただくんだろうけど・・・・・・---

‘側室’というところに考えがいってしまい、また鬱々となりそうな気持ちを振り払うように、朱夏はそっと扉を開けた。
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