楽園の炎
夕星のときと同じように、皇帝陛下が式を進める間、重臣たちはひそひそと言葉を交わす。

「あの者は?」

「何でも商人とのことですが・・・・・・。そのわりに、堂々としておりますな」

「本当に商人なのか? 一介の商人には見えぬな」

「貴族の子息ではないのか?」

脇で重臣たちのひそひそ話を聞きながら、朱夏は、ぷぷぷ、と笑いを堪えた。
でも、確かに今の憂杏は、単なる商人には見えないかもしれない。

「化けるよねぇ、憂杏」

こそっと夕星に言うと、夕星も少し笑って小さく頷いた。

「でもやっぱり、安心した。あんまり酷かったら、重臣の手前、示しもつかないし。ナスルは臣下にも人気があるし、それなりにきちんとした奴でないと、暴動が起きそうだ」

こそこそと喋りながら、朱夏はちらりと桂枝を見た。

桂枝も同じように、このような身分違いの場に挑むことを相当心配していたクチだが、どうやらすっかり安心したようだ。
今はただ、純粋に息子の結婚式に、嬉しそうに涙を浮かべている。

誓いの段になって、皇帝陛下はナスル姫から彼女の宝剣を受け取った。

「本来なら、先の夕星のように、この宝剣に花嫁を正妃とすることを誓う。皇女の場合も、ほぼ同じだ。が、今回は例外だ。ナスルはこの婚儀を持って、降嫁する。相手も貴族ではない、一介の庶民である。故に、『正妃として、相手を生涯愛する』という誓いは成り立たない」

庶民は一夫一妻である。
わざわざ宝剣を持って立てるほどの誓いではない。

皇帝陛下は、憂杏を見た。
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