雪女の背に続け
「待て!」
店を出て先ほどの客を追った。
恭子の声に、客は足を止める。そしてゆっくり振り返る。
「……久しぶり」
何の感情もこもらない声。
恭子の頭は混乱し、今までにないほどに取り乱していた。
なぜ彼がここにいるのか、どうして自分の前に現れたのか。
まったく分からなかった。
「ツグミ……」
「昔のあだ名だな。今は、トラツグミだ」
目の前に立っていたのはトラツグミ。
癖の強い黒髪に、漆黒の瞳。纏う雰囲気はどこか妖しく、深い闇を思わせる。
一年前、嫗山の山姥をそそのかし冬矢を襲わせた黒幕。
「今度は何を企んでいる?」
「いくら恭子さんでも、教えられないな。……自分で考えたら?」
彼は妖しく笑う。その笑みに、恭子は恐怖を感じた。
うすら寒い何かを感じた。
「……何が、目的なんだ」
気を奮い立たせ、強く睨みつける
だがトラツグミはそんな鋭い視線を軽く受け流した。
「知っているだろう? 俺は昔のまま。何一つとして、変わっていない」
「……っ」
トラツグミはそれから背を向けて去って行った。
追う事は出来なかった。足が震えて、これ以上前へ進めない。
こんなにも恐怖を感じたのは、産まれて四千年の中で、二度目のことだった。
彼は深い闇を持っている。
深い、深い闇。
足を踏み込めば、すぐに呑みこまれるほどの深淵。
ただただ、怖い。
恐いのだ。