雪女の背に続け
「トラツグミ様」
彼の後を鴆がついて歩く。トラツグミは笑っていた。
その微笑みは美しく、そして恐ろしい。
纏う空気は深い闇。
放つ声は甘い誘惑。
闇へといざなうその声に、多くの妖怪が生まれた。
多くの人間が闇に堕ちた。
この世を蝕む闇そのもの。
トラツグミは、誰よりも何よりも恐ろしい存在。
そして誰よりも美しい存在。
咲き誇る花よりも、飛び舞う蝶よりも、麗しい女児よりも、
何よりも彼は美しい。
美しいから、恐いのだ。
「退魔の泉に行く。冬矢にあう」
トラツグミは白魔山を見やる。
口元の笑みは消えている。瞳は冬矢以外を映そうとしない。
鴆はその様子に目を伏せる。
「ついていきましょうか?」
「いらない」
鴆の同行を切り捨てて、トラツグミは歩きだす。
その手に握られているのは仮面。
日が傾く。
影が伸びる。
鴆はずっと、トラツグミの後姿を見ていた。
手を伸ばしても届かない。踏み込めば逃げられない底なし沼。
深い深い闇。
彼の存在だけが、この町で一滴の闇を落とす
トラツグミは白魔山を登って行った。