雪女の背に続け
「大天狗が町妖怪を憎む理由はなんだ?」
天狗岳から戻り、冬矢は恭子に詰め寄った。
恭子は目を丸め、そして顔をそらす。
「逃げるな。……何を黙っている? そんなに話せないことなのか?」
「そういうわけでは、ない」
ただ恭子は言葉を詰まらせていた。
じっと冬矢は恭子を見据える。なぜ隠しているのか。
「理由を知らなくては大天狗の説得なんて無理だ」
しばらく恭子は黙り込み、そして語った。
「大天狗には息子がいた」
恭子は語る。大天狗がなぜ町妖怪を憎むのか。恭子との間に交わされた約束とは何か。
「生まれて間もなく、その息子は町妖怪にさらわれた」
「町妖怪に?」
「道を外した外道妖怪だ。私はすぐに大天狗に呼ばれ、事情を聴き、息子の救出と外道妖怪の粛清を依頼された」
そして恭子はすぐにその息子を見つけ出し、息子をさらった妖怪を葬ったらしい。
だが、助けた息子は衰弱しており、大天狗の元へ返す前に恭子は息子を引き取り、介抱したという。
「ただ、あまりにもその子は私に懐きすぎた。そして、私もまたその子を失いたくないと思ってしまった」
「じゃあ、恭子……お前……」
「私もまた、大天狗から息子を奪ってしまったのだろう。ただ、私はあいつを失いたくはなかった。私を純粋に慕ってくれるあの子を、手放したくなかったんだ」
その感情が、大天狗を裏切ることになり、大天狗との間の約束も、何もかもが崩れた。
大天狗にとって息子はまだ見つかっていないことになっている。何百年も顔を見ていない息子。気が遠くなるほどの長い時間、大天狗はひとりで生きてきた。
恭子は、親子を引きはがしてしまった。許されることではない。
「恭子、その息子は……」
「お前もよく知っている」
「どういう……ことだ?」
「その息子は、烏天狗だ」
その言葉ですべてを察した。
恭子が助けた大天狗の息子。恭子に懐き、恭子を一身に慕う烏天狗。
あいつしかいない。
「秀平が、大天狗の息子……なのか」
「ああ……」
いやな風が、喫茶店に吹き込んだ。