雪女の背に続け
洋子は九尾の娘なのだ。山を勝手に飛び出したゆえに周りには親子の縁を切ったといえども、いまだに親バカな面もある。妖怪は生殖能力が極めて低いが為に大変子煩悩である。
だからこそ、息子を殺された山姥は復讐により冬矢を襲ったと言える。
そんな愛娘が百鬼を継ぐわけじゃないので、ますます後継ぎが誰か見当がつかない。
「じゃあ誰じゃ!」
「雪女の混血ですよ! あの、嫗山の山姥を倒したって……」
「……なんと?」
ようやく冬矢が襲名したという事が伝われば九尾は今まで横にしていた体を持ち上げた。
よほど衝撃だったのか、そのまま呆然と立っていた。
「……わかった。下がるがよい」
「はい! また何かあったら報告しますね」
子狐は満足そうに走り去っていった。
九尾はようやく腰をおろし、以前何の引け目もなく帰郷してきた娘との会話を思い出し始めた。
「冬矢ってやつがさ、百鬼にいるんだけどね母様」
意気揚々と表情を弾ませて町でのことを喋る娘。
その話には、複雑な感情しかなかった。
町妖怪は忌むべき者。
異端の集まりで、虐げるべき者。
悪しき者弱き者のなれの果て。
それがずっと山妖怪たちの意識にあるのだ。
しかし目の前の娘はそんな町妖怪とのことを楽しそうに話す。
ほほ笑んで聞いてやりたいが、町妖怪の話は聞きたくない。
そんな複雑な感情。
「そいつ、すごいんだ。あいつすごい妖怪になると思う。百鬼夜行を率いるすごい大妖怪に!」
「ほぉ、ぜひ見てみたいな」
だが、娘の語る冬矢という妖怪には興味を抱いた。
洋子がこれほどまでにいう妖怪とはどんなものだろうか。ぜひ、見てみたい。
そう思っていた。
「雪代冬矢……雪女と陰陽師の混血の異端児か。あいつが許すかが問題じゃな」
遠くの岳に目を向けた。
あそこには天狗が住んでいる。彼が知ればどう思うだろう。
「何も起きなければ、よいのじゃがのぉ」
九尾の思いが届くかどうかは分からない。
ただ、何も起こらないことだけを祈った。