門限9時の領収書

卒業アルバムは新生活の持ちネタにするよう制作されているのだと洋平は考えている。

というのも話すことがぎこちない初対面の春に役立つアイテムとして――が、発祥理由だと思うからだ。


コミュニケーションツールに活用できるそれは、新しい出会いに困らないようにと、

母校による最後のプレゼントに違いない。


「絶対モテてた、えー……なんか、えー。若い、んー……笑える、カッコイイ、あはは、近藤くん……はは、可愛い」

話しかけているのかいないのか、結衣がなんだかよく分からない喋り方をする。

だから洋平も適当に笑いながら、並んだ顔写真を指差してクラスメートの説明をしてみることにした。


よく遊んだ奴、真面目で学年トップな子、同じ部活だった奴、マドンナだった女子、ライバル男子、

簡単な紹介にオーガニックコットンが好きそうだとか、カレーは混ぜそうだとか、

いちいち一言コメントを残す彼女が可愛い。


そう、大好きな結衣は洋平という視野が狭い世界の中では一番可愛い。


 ……。

前屈みになる彼女の半開きな唇にばかり目が行くのは罪?

――潤んだオレンジ。


母親と弟の帰宅まで、まだ時間はあるのだ。

付き合っていて自分は彼氏で、彼女は恋人で――……



「あの、さ……」


キスは欲張らない。

ただ手を繋ぐくらいはフォークダンスの名残な感じに微笑ましい許容範囲なはずで……


小さな手、細い指、光る爪、女の子らしい柔らかそうな肌、

ゆっくりと、そっと、やっと――――ページをめくる結衣の白い手へ――

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