門限9時の領収書
腕の中に優しく閉じ込めて最愛の人を安心させてやりたい。
結衣の不安を取り除くには、王子様らしくお姫様を扱うことがマストだと、
洋平だって鈍くはないので分かっている。
けれども男である自分はまだ未熟なので、慰める目的が逸れてきっと唇を欲しがるし、
服だって脱がせたがるから、要するに衝動を抑えられない情けない人間なのだ。
そう、このままお菓子の国に留まると、パフェを擬人化した甘い香りを漂わせる結衣さえ食べてしまいたくなるから――
「そろそろ帰るわ」
子供向けコメディー映画のDVD鑑賞を断り、洋平は腰を上げた。
自分だけの可愛い人。
やっぱりキスをしたい。
だって、ただの凡人だから普通に平均的な欲はある。だって、ただの十六歳だから。
…………たかがキスでオーバーだって?
そんなこと洋平が一番分かっているし、一番引いている。
全くどうかしていたのだ。
理性をコントロールできない浅ましい自分は、やはり来るのを早まった、判断を誤った。
せっかく彼女の母親が信頼して留守番を任せてくれているのに、
洋平ときたら彼氏の評価を自ら台なしにしようとしてしまっているなんて、申し訳ないったらない。
……。
「まだ六時前だよ?」と言う結衣を、「んー、宿題、課題しなきゃ、みたいな」と、交わせば、
少し残念そうに結衣が瞳を揺らしたように見えた。
その表情をこの目で確認できただけ、愛されていると実感できたので幸せだ。
一体、今以上に何を望む。
……贅沢な毎日に慣れると、人はもっともっとと催促するどうしようもない生き物らしい。
チョコレートのドアは、さよならの目印。
「楽しかった。美味しかった」
子供のように遊び足りなさそうな表情で、かつ淋しさを堪えて笑う結衣が好き。
「うん、俺も」
結衣が好きだ、大好きだ。何も知らない癖に、それしかない自分だ。
白いキャンパススニーカーは保護者ウケを狙った爽やかアピールアイテム。
……今から逃げる弱虫の必需品なのかもしれない。