門限9時の領収書

「あは、凄い、電車、たんぼ……、暑い、あはは、暑かった」

――少し照れ臭そうにはにかむ結衣が居た。

見慣れた顔も、玄関という額縁を纏えば新鮮で余計に胸が高鳴ってしまい、

一般的に家は和むものだけれど、好きな人が居るならアドベンチャーな世界に早変わりする不思議。


今年の夏、洋平の恋心はクーラーが効かない猛暑となるとかならないとかなんて、

彼以外、さほど興味がないのだろう。


  、なんか、やば

 なんだこの心臓

バレンタインの日に初めて私服を見た時のようにときめきっぱなしだ。

シフォン素材の薄い水色のチュニックは、キラキラ胸元にビジューがついていて海の水面みたいに爽やか。

人魚姫のように儚い美しさがあるも、あの童話は最後が悲恋なので却下しよう。

シンデレラ、髪長姫、眠り姫、白雪姫、親指姫、氷姫……どれを当て嵌めたらいいのか分からない。

お花畑の国のお姫様、これが一番しっくりする。


ワッフル生地のさりげなさが可愛いベージュのショートパンツと、真っ白で踵の高いパンプスは、

色彩的に涼しげで、夏に向けて抜群のコーディネートだ。

(ちなみに足首に巻き付けて留めるタイプが洋平のツボ。

足首の細さが強調され女度がアップする為)


今日の服装はOLさんの遊び心ある休日のよう。いつもはスカートばかりで甘い感じだから意外だった。


彼女は細身なので比較的どんな服も似合うし、また可憐に着こなすものだから、こちらとしては困ってしまう。

着替える度に毎回毎回好きが増えてしまうようでは心臓が持たないじゃないか。


土足で駆け出した風が家の中を走り回る。
お日様の香りを撒き散らして。


「、はは。なんか、田上さん迷子なるかと思った」

「分かるしー失礼な」

好きな子がわざとらしくプンと笑うだけで、体感温度が軒並み急上昇。

暑かったのだろう、結衣の白い首筋に髪の毛が張り付いている。

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