門限9時の領収書
もうすぐてっぺんに昇る太陽は溌剌と緑を照らす。
そして焦げ茶色のブラインドから入る日差しが、結衣の足にしま模様を作らず跳ね返っている。
……裸足を見るのは初めてかもしれない。
少しはみ出たペディキュアが可愛いし、足の甲にある筋が綺麗だ。
親指より高い人差し指、五本の形が良い。靴擦れした傷がある。
女の子はどうして男より ふくらはぎが美しいのだろうか。
いやらしい意味ではなく、膝裏から足首に向かうラインの張り具合が麗しいと思う。
二十六度の冷房が効いた部屋は確かに涼しいはずなのに、
何故こんなにも血の巡りがいいのか。
クーラーによる冷えに悩むOLさんの感覚は自分には分からない。
この適当な感じが、その場限りで猶予を持たない男子高生特有のノリ。
「あ、座りなよ」
今更ながら立ちっ放しだったことに気付き、
洋平はビーズクッションみたいな座布団になるらしい謎の塊に視線を送り、
ローテーブルにお盆を置いて、それぞれ二手に分けた。
グラスを置いた途端、好きな女の子が家に来たのだと改めて実感した。
この感情を伝える最適な形容詞が見つからないが、
とにかくお約束通りカップルの登竜門を潜れた気がして嬉しい。
一つずつ夢が叶う感じ。
確実に恋人のステップを刻める感じ。
他のカップルに比べ、自分たちが一歩前に進むのは、かなりスローモーションだが、
後退していないだけマシじゃないか。
それにマイペースに歩く分、たくさん寄り道ができるから色んなことを発見できているのも事実。
当世風ではサービスが早いのが当たり前な一方、匠による手作業で月日を費やしたオートクチュールが人気なことも確か。
だったら洋平は、この恋をじっくり完成させていきたいと願う。
彼にしてはなかなかカッコイイ発想じゃないか。
そう、たとえ学年の女子が好むワイルドで陰があるイケメンでないにしろ、
洋平は好きな子に対しては、特別キザにハンサムにファッショナブルに良い男を演じたいのである。
なぜなら三流の癖にナルシストな自分という設定の方が、斬新な滑稽さを際立たせることができるので面白いから。