門限9時の領収書

「えー……あは、なんか、あは、照れる……」

ちょこんと腰掛けた結衣は左側に足を流し、

半紙を空に翳したような眩しい色をした可愛い円柱の斜めかけバックを腿の上に置く。


面接の時に鞄の置き場に困るのに似て、緊張している感じが可愛いなと思うが、

同様に洋平も動揺している証拠として、

氷を入れすぎた方のコップを間違えて彼女側に置いてしまっていた。


喉が渇いたと言いジュースを飲む結衣――グロスが付かないようにストローを用意した配慮は褒めて頂きたい。

初訪問だと何かしら気まずいだろうからという素晴らしい心遣いだ。

紳士検定があるなら、今のところ洋平は受かる自信しかない。


「んーっと。どしよ、とりあえず無言を埋める為にベタにCDはかけます」

「……はい。」


 ……。

 んー…………

意味不明なエピソードになるが、

洋平はお喋りをする際、聞き手が笑えるように話すことを常日頃から心掛けている。

(つまり寒いのを通り越したギャグを会話の中に挟むという非常に迷惑なこだわり)


故に、悩み相談以外で、だらだら言葉を羅列するのは苦手だ。

ホウレンソウの報告書レベルに出来事を連絡されても会話にめりはりがない為、

聞く側からすればツマラナイし無駄な時間を過ごした気分になるだろう。


だから世の中、愚痴を聞かされて喜ぶ人は少ないのだと思う。

話す方は解決する気がゼロだから、ただ不満を並べるだけで、

聞かされる方は、だから?、……で?、と内心ツッコミを入れたがる。


そんな訳で、田上結衣という人は、その手のコミュニケーションスキルを身につけており、

洋平が好きになっていたのだけれど、あいにく今の彼女はらしくない。


< 87 / 214 >

この作品をシェア

pagetop