門限9時の領収書
笑いに振動しているらしく、オレンジジュースの中でストローが時々思い出したかのように泳ぐ。
ベージュのヌーディーカラーが可愛い細い指で、結衣はコップの輪郭に流れる水滴をなぞっている。
「分かるー背伸び男子とかさ、“ちょっと今日路上するから聴き来てよ”みたいな、あはは、エアーギター」
ほんわかした結衣は、ことごとく洋平の予想より上を行き、
天然ボケなイメージとは裏腹、
ブラックジョークの通じる性格で、また好きになる理由が増えるから大変だ。
そう、洋平は天然の子など、この世に居ないと思ってしまっているし、
逆に故意な天然演出する子は居ると知ってしまっている。
典型的な小悪魔のマニュアルを真似た鈍感な幼さ作戦は面白くないから欝陶しいけれど、
(礼儀として騙されたフリをするが)、
自分の彼女はウケ狙いで笑わせようとしてくれるボケを挟んだ話し方をするから好ましい。
そう、前者のようにカワイイアピールではなく、
後者のような相手に爆笑してほしいから作る“人工”な天然は、
愛されていると実感できるから洋平的には大歓迎だ。
下ろしたままが好きだと言う長い髪を、耳の上側を後ろで束ねているのは、
……きっとうちの家族を気遣ったからだろう。
些細な思いやりが嬉しい。
恋心はオレンジジュース。
昔ながらの落ち着く雰囲気がありながら、時々舌を痺らせ甘酸っぱく裏切る。
……といった具合に、高校生らしく意味不明に喩えておこう。
なぜならあれこれ考えることが最近の洋平のトレンドだから。
「あはは、ごめん俺あるし、文化祭の余韻で言ったわ俺」
「あはは、ヤバいじゃん、ウケる。それで女子は“差し入れ持ってきたよー”とかって。あはは」
あははと笑う可愛い結衣。
だが、気にかかることが一つ。
……。
ん……?、
口角を上げた後の下げ方が分からない。
固まった表情のまま洋平は、愛しの天使(幻覚に過ぎない)を、三秒見つめた。