門限9時の領収書
「あはは、ミーハー様々ですよねー。
でもあれだよ、流行りのお手頃価格な海外服屋モンばっかじゃなく、日本のモン買わなきゃデフレスパイラルですって。
そんで安いモン戦争になって企業はますます赤字、結局人件費削減で雇用も家計も悪化、だから安いモンを〜ってなって。
日本の景気はミーハーが日本製を買うことから始めなきゃ〜って」
ぺらぺらと喋る色気のない会話を中断させるには、
強引に結衣の唇を塞いでしまえばいい。
そのまま華奢な体を抱き寄せ、自然にベッドへと運べはいい。
だって簡単だから。
そうすれば念願の滑らかな肌に触れることが可能だと洋平は分かりきっているのに、
「賢いじゃん、あはは、便利さ追求が雇用に悪影響を」と、
彼女が望む合いの手を入れられる自分は何なんだ。
こんなお馬鹿トーク、こんな状況には似合わないはずだというのに。
好きとか愛してるとか囁いちゃうチャンスのはずなのに。
どうして心の底は……?
「PB商品、安いけど昔からあった会社にとったら悲惨ー潰し合い」
結衣ときたら何を楽しそうに語るのやら、ここがどこで洋平が誰だか分かっているのだろうか。
……――気を抜き過ぎだ。
ここは彼氏のテリトリーであり、いい人・近藤君はただの男だ。
しかも結衣だって鈍感天然娘ではないのだから、彼氏彼女のカリキュラムは知っているはずだ。
だから、洋平が企んでいる甘い展開を察することが可能でないとおかしい。
、なんか……
なんで。
「何、経済評論家? モリナガさん、サイン集めよ、はは」
「あはは、ウケる」
――結局これ。
意味不明な雑談が面白くて、内容の薄い話が楽しくて、――満足だ。
好きな女の子が笑ってくれるなら、自分だって嬉しいのだから。
だって大切なことを見落としたくないから。
恋人は二人が同じ歩幅で進まなければならない。
万が一、彼氏の洋平が早歩きになると、彼女の結衣は転んでしまうだろう。
それに好き過ぎて余裕がない自分のせいで、どうせ泣かせてしまうことになるのだろうから……
焦りは禁物だ。不本意ながらもガキな自分は大人を演じなくてはならない。