門限9時の領収書

もったいない、せっかく結衣と念願の家デートなのだから、

自分たちらしく幼稚に楽しまないと台なしだ。

氷が溶けたせいで上側が透けているコップから、随分と話し込んでいたことが証明されている。


気分を切り替えひとしきり雑談を終えると、洋平は本日の来訪目的であるビデオを取り出した。

――まさかこうして結衣と見るなんて、録画していた当時に誰が想像しただろう。

(わざわざ倉庫からビデオデッキを取り出したのは秘密)


ハムスターみたいにポテトチップスを呑気に頬張る結衣が可愛い。

本当は青海苔味が好きな洋平だが、歯についていたらお互い微妙なので、今回はプレーンにしておいたんだとか。

だからってなんでもないエピソードに過ぎないが、どうか細かい思いやり精神を汲み取ってやってほしい。


TV画面に映し出されるのは、地デジでない頃の違和感あるサイズの映像で、

この深夜バラエティー番組は大変人気だったらしく、お正月に特番を組まれたくらいだ。

大喜利クイズが面白いし、共演者の仲良しな感じが見ていて楽しかったと記憶している。

(一体なぜ終了したのか今だに謎で、後に発売されたDVDだって売上は好調なようだ)


リアルタイムに結衣とあれこれ語りたかったと思ったりなんかする。

過去や昔に戻りたい、――そんなことをこの子に出会って洋平は知った。

中学校の文化祭、体育祭、大掃除、小学校の修学旅行、お楽しみ会、七夕祭、非難訓練――

知らない当時を共有できたら、自分はもっと幸せだろうに。


――それでも時間を戻すより、明日を夢見たい。

時計は右回り。左に回したらいけない。

自然の摂理に逆らってはいけないから、楽しい未来を追いかけたいと祈る。

後退するのではなく前進したい。対義語に自信はないけれど。


ほら、忘れた頃に欝陶しいお喋りを再開してくれるのが洋平だ。

若い頃には色んなことを考えて、大人になった時に今の自分の思想を比べて笑ってみたい。

未来の自分が楽しい毎日を過ごせるよう、

今の内に頭を使って笑いの下積みをしておこうと洋平は企んでいる。

今の本気が未来のギャグとなる――、もちろん爆笑している結衣が自分の隣に居ることが大前提だ。


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