門限9時の領収書
暗闇には似つかわしくない――洋平が大好きな鈴蘭のような音がした。
「私あれ好き、泡ブロの猫、あはは」
子供の頃に歯医者さんで『イーして下さい』と言われた時のように、
無邪気な笑い顔を向ける結衣。
だから――これは花より団子ならぬ、恋より笑いといった具合だろう。
チョコレートを包んでいた紙の数、空になったスナック菓子の袋、二センチで終わるオレンジジュース。
……ちゃんと好きな子だから。
独りよがりになったら負けだ。
老後の健康を考えるから、甘いものやお肉を避けるようにしていて、
そう、ヘタレなのなら自制心ある人でありたいじゃないか。
ガキならばカバーする為に大人ぶりたいじゃないか。
たとえその発想自体を幼いと言われようが。
「ケーキ食べよっか。飲み物は? コーラとかあるよ、ベタに」
勢いよく立ち上がり、お盆を手にして洋平は尋ねた。
しんとした空間。明かりがなくとも物の輪郭が鮮明に分かる。
ここに漂う空気は少しも湿り気を帯びやしない。
それなのに、一人勝手に暴走しそうになるのはよろしくない。
逃げるように階段を駆け降りれば……ほっとしている自分が悔しい。
勢いに任せれば拒否される未来しか見えないから、洋平は自信がないのだ。
……そう、好きな子のことなら何だって分かってしまうから、だから切なくて堪らない。
初めての密室は予想以上に神経を使うらしく、ひどく怠惰感を覚えた。
今寝て良いと言われたら余裕で爆睡すると予想がつくくらいに。
、なんか。
なんか、……。何なんだ
とにかく全く警戒されていないことが改めて判明した。
普通彼氏の家に二人きりならば、それなりに身構えるだろうに。
しかし、……洋平が男という本当の意味はつゆほど分かっていないらしい。
結衣は自分が苦手な鈍感天然ガールではないが、なかなか問題ありだ。
はあ……
どうやら天使ではなく、ある意味悪魔を招き入れてしまったらしい。
ただの女子高生がエンジェルな訳がないのに今更実感したようだ。