ジュリアン・ドール
ここは、出勤予定の時間が過ぎても店員が一向に現れないBAR・アレクサンド。



「遅いわね、ハーリー」



ミサが暇そうに、カウンターに肘をついて傍に座っているジョウに話しかけている。


カウンターには、常連客のミサとジョウの二人だけ。


カウンターの脇の幾つかのテーブルには、それぞれ二人の男女客が向き合って座り、会話を楽しんでいる。


ミサとジョウは、もう長い時間ここのバーテンダーのハーリーを待っていた。


「別に今日でなくてもいいじゃないか」

「駄目よ、予定と言うのはできるだけ早めに決めるものなのよ。て、お父様もそのつもりでずっと待っているのに」


「ねぇフレアー、ハーリー、何かあったのかしら?来る途中で事故にあったとか?」



ミサは、心配そうに、若いバーテンダーに尋ねてた。


ミサにとっては、もうすっかりお馴染みのバーテンダー。赤毛の小柄な青年、フレアーも、少し困っている様子。交代の者が来なければ、仕事を抜ける事ができないのだから。

「ハーリーの住まいは三番街なので、すぐ近くのはずなんですけど・・・、本当にどうしたのでしょうね・・・。ハーリーに何かご用でも?」


フレアーも、この後の予定があるらしく、時間を気にしているのが、そわそわした態度からもわかる。


「そうなのよ。先程ちょっと、ダンスを踊っていた婦人と、その旦那様らしき人の会話を耳に挟んだのよ。ハーリー、実はあの人、以前は名ピアニストだったんですって?」

「ああ、そのお話でございますか?それはそれは、とても有名なお話でございます。私は残念ながら、彼がピアノを弾いているのを聴いた事はないのですが」


フレアーは、答えた。


「どうせだから、是非ここで聴かせて欲しいなって思って、ずっと待っていたのに」


ミサは人を待つのは得意ではないらしく、もう、今すぐにでも席を立って帰ってしまおうかと思っていた時だったところだった。



「あっ、やっと来たようですよ。ほら!」



フレアーが、フロアの向こうの階段から急いで駆け降りてくる、同じ制服を着た男に指を指した。


遠くから見てもよく目立つ長身。あれは確かにハーリーだ。
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