ジュリアン・ドール
ハーリーは、作業中のちょっとした仕草や動作などの業を見せながら、客を決して飽きさせる事はしない。


ハーリー自身、バーテンダーと言う仕事の見せ場をよく心得ていた。


ミサの喜ぶ声に、傍らのジョウは、尚も面白く無さそうな顔になっているを、ハーリーは気付き(妬いているな・・・)などと、心の中で思っていた。


(そういう所が昔から直っていない。嫉妬や妬みなど、すぐに顔に表してしまう所がまるで子供の様だ)


ハーリーは、可笑しくて、思わず笑い出してしまいそうになった。


「ところで、ハーリー・・・」と、ミサが話題を切り出した。

「何でしょうか?」



ハーリーは、返事をしながら、そっと二人の目の前に、それぞれの注文に答えたカクテルを差し出した。



「ハーリーは、ピアノがとてもお上手だと聞いたわ」

「・・・・・」



ミサの言葉にハーリーは一瞬黙って何も答えなかった。



「噂を聞いたの。もしよろしかったら、私たちの婚約披露パーティーで、ピアノ演奏をお願いしようかと思ったのよ。お父様も上でお酒を飲みながら待っているのよ」

「上で?」

「ええ、恥ずかしい話で、ウエイトレスの綺麗な女の子に相手をしてもらって、いい気になっているわ」



ミサがレストランになっている二階フロアーを指で示すが、このフロアーからは見えない位置にどうやらいるらしい。



「お酒に酔ってばかりいるお父様だけど、どんなに酔っていても、リズム感だけは失わないのよ。音にはとても煩いの。いわゆる音楽オタク。

お父様にハーリーの噂の事を言ったら、貴方の名前を知っていたのよ。貴方は、世紀に一度出るかと言われたピアニストとして名を知られていたそうね!それなのに、何が原因か、いつの日からか音楽芸術の世界から、貴方は姿を消してしまったって・・・・・そう聞いたわ」


ミサは、興味に沸き出す好奇心に任せ、父から聞いた言葉をそのまま並べたてていた。 しかしハーリーは、その、もの静かな表情の中に憂いを見せ、「・・・わたくしがピアノをやっていたのは昔の話・・・。今はもう・・・」と、ゆっくりと首を横に振りながら答えていた。


しかし、それだけでは頑固なミサが納得する筈がなかった。
< 118 / 155 >

この作品をシェア

pagetop