ジュリアン・ドール
自分がどんなに頑張ろうが、王やシュレイツの胸の中には、離宮にいるもう一人の娘しかいないと言う事を知り、いつしか、ピアノに触れることさえ虚しく思える様になっていた。


一度身についたピアノを愛する気持ちは、なかなか捨て切れはしなかったのだが――。


一時は、そんな遠い記憶が白い鍵盤を懐かしく思わせ、夢中になってピアノを弾いていたことも確かにあった。


子供の頃に事故で蘇った彼の記憶と一緒にピアノの腕前も呼び覚まし、前世で彼がピアノの名手と言われていた頃に得意としていたレパートリーのかずかずを弾きこなし、天才ピアニストと呼ばれてしまうキッカケとなってしまった。

しかし、前世に縛られているような気持ちにさせられてしまうのがいやで、あるいは、あの時の記憶が働きかけているのか、ピアノを弾くことに対し、淋しい虚しさ募らせてしまうのか、ピアノへの情熱も薄れて行った。


と、言うより、ピアノを避けるようになって行った。



「ハーリー、お願い。いいでしょう?」


ミサは諦めずに手を合わせて見せている。

そう、ハーリーもよく知っている。(この娘は、言い出したらきかない。多分、私が縦に首を振るまでは、諦めないだろう)と――。


頭の中の遠い記憶の向こうで、まだ幼い頃のエルミラーラの声が聞こえてくる。

『お兄たま、ピアノを弾いて?。エルも、お兄たまみたいに、ピアノが巧くなりたいな。エルは手がちっちゃいから、鍵盤に指が届かないの。エルの代わりにお兄たまが弾いて?いっぱい弾いて聴かせて』


エルミラーラだけは、いつも喜んでくれていた。父親の愛情ばかりを欲していた遠い昔のハーリーは、それに気付いていなかったけど、そのおかげで、どんなに心が救われていたことか。

(かけがえの無い妹の為なら・・・・・)


 ハーリーは、そう思い、快く引き受ける事にした。


「分かりました・・・・・。では、今日は一曲だけ・・・気持ちにお答えしましょう。――それから、パーティーでの事は、支配人を通して頂ければ・・・・・」



ハーリーは、優しい笑顔でミサに答えた。



「ありがとう!ハーリー。嬉しいわ!」




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