ジュリアン・ドール
フロアーで踊る人々が一瞬止まる。


酒を飲む席で、思わず手にした酒をテーブルに起き、席を立つ男女。


ハーリーは、カウンターを出、そして、その側に置かれている真っ白なグランドピアノの方へと歩いて行った。


「ハーリーがピアノを……?」


彼を知っている者は、誰もが驚き、ざわめきが起こっていた。


彼が昔天才ピアニストと呼ばれていた事は、知っている人も少なくない。これまでに、そんな彼にリクエストをした人たちはどれほどいた事だろう?

しかし、これまでに、そのリクエストにこたえた事は残念な事に一度だって無かったから……。


この“舞踏会”の専属のピアノ演奏者さえ、快く席を空け、今まで館内に響き渡っていた旋律が止まり、静まりかえったフロアーでダンスを中断させられた者たちは、一瞬不機嫌になるが、ピアノの前に立つ一人の紳士に気が付くと、その音が鳴り始めるのを期待し、そのままの態勢で曲が流れ出すのを待っているようだった。


フロアにいた紳士・淑女達は皆、テーブルへと戻り、曲を聴くことにした。しっかりと彼の奏でる音楽を堪能するために……。


ミサは、注目を浴びるハーリーをみて、初めて、ハーリーの知名度を知った。


フロアーにいる誰もが、ハーリーがピアノの前に立っていることに驚き、そして、これから流れ出す曲に期待をかけているのが伝わってくる。


ハーリーは椅子に座り、深呼吸をし、そして、鍵盤に両手をそっと添えて眸を閉じた。


ハーリーの細くて長い指が、白い鍵盤の上でゆっくりと踊り出し……、優しい曲の調べが流れ、響き出す。



(……この夜想曲は、よく昔ここで弾いていたものだ)


眸を閉じていても、この手のこの指先が全てを覚えている。


ハーリーは、今初めて気付いた。この手がこれ程までに白い鍵盤を求めていたと言うことを。


指が勝手に踊り出し、切ない程に懐かしく、胸を熱くさせていた。指先だけではない。自分の指先が奏でる音に合わせ、身体全身までが揺れて動き出す。

曲は一転し、ワルツを奏でだした。

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