ジュリアン・ドール
ミサと結婚したら、恐ろしい言い伝えが繰り返されないように、あの人形を大切に見守っていこう。と、ジョウは思っていた。そして、もし、ミサの身に何かが起こりそうな時は、命に代えてでもミサを守ろうと思っていた。

―そして、ジョウは、明日の朝早くベルシナを発ち、数日ぶりにダルダへ帰る。


もとはと言えば、ダンスのレッスンの為だけにベルシナに泊まり込んでいたのが、週末にはダルダに返る事にしていた。もちろん店の事が心配だからだ。

また、もう若くはない祖父の事も何より心配であった。


「新しい人形が出来ているかも知れない」


何日かぶりに実家へ帰るジョウの一つの楽しみ。それは、人形師としても尊敬している、偉大な祖父ダルディの新作の人形を見る事だった。


ダルディの作る人形は、見ているだけで心が温かくなってくるような気持ちになる、優しい表情の人形が多い。


ジョウは、自分の作る人形とは全く違う、ダルディの人形が大好きだった。勿論自分の作る人形も自分なりに気に入ってはいるが、やはり自分が客として人形を買うのであれば、どちらかと言えば、ダルディの人形の方を買うのかも知れない。それほどまでに、ダルディの人形は、周りの空気をなごませ、まるで、その人形が家族の一員になってくれるような自然な空気を持っていた。


ジョウの作る人形も、全く評判が無い訳けでもない。むしろ、このベルシナではかなりひいきされている方だろう。それも全て、ベルシナの大商人である、サロンのお陰だ。

“ジュリアンドール”の人形を置いてくれる店が、ベルシナ中にはもう、何十店舗も在るのだから。

何十店舗といっても、その殆どの作業工程が手作りで、大量生産できるわけも無い為、人形の料金は高額で、まぁ、1体対売れたら、凡人家庭なら三月は暮らせる程の金額が平均的な人形の価格だ。

ベルシナでは、金持ち達の贅沢な土産品として、ジョウの作る“ジュリアン達”は高い人気を誇っていて、その平均金額をグッと高い値段に吊り上げているのは当然ではあったが、それは例えば、美味しいパン屋があったとして、幾種類もの味や形のパンが並んでいたとして、その中で、一つ評判の良い種類のパンが際立った人気を誇り、その人気に値段がついているだけの話。
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