ジュリアン・ドール
闇の中では、風が犇めく音と、樹々のざわめきだけが静寂を襲い、壊していた。



 ガサ・・・ッ


「・・・・・?」


 ふと、後ろの方から草を掻き分けるような音がしたと思い、娘は振り向いた。



「何の音・・・・・?」



ただの気のせいか、まさかこんな時間に、こんな所に人がいるはずがない。無理に、そう思おうと努力はしてみるが、しかし一人の暗い山道は、娘を不安の底へと落としてしまう。



「・・・・・ただの葉擦れの音?・・・そう、風の悪戯ね」



 娘は、自分に言い聞かせるようにつぶやいている。しかし、やはり草木を揺らす風は、警戒に神経をとぎ澄ませた敏感な本能に、その身に危険が迫っていると囁きかけ、知らせている。『・・・早く逃げなさい・・・・・早く・・・逃げなさい!』と――。



ガサ・・・・・!



風の声を遮り、風の囁きの向こうで、今度は確かに草を掻き分けるような音を、娘はしっかりと聞いた。


(いいえ、違う。確かに誰かがいる)


娘は、尚も敏感に神経を研ぎ澄ませた。

胸の鼓動が早まる。

恐怖に、風の音も耳に入らなくなり、後ずさんだ。



「だ、誰?・・・・・そこに・・・いるのは?そこで・・・何をしているの?」



娘は細い声を震わせながら、確かにそこにいる茂みの中の誰かに話しかけた。


刹那!


不意に、背後から勢いよく、何かが襲い被さってきた!


ガサガサッ!ザザーッ!



「きゃあぁ~!!」



草を掻き分ける派手な物音と同時に、何者かが、娘の首へ力強く太い腕を回し、彼女を押えつけた。



キーキーッ!キキキキー!

バサバサバサ・・・・・・



森の蝙蝠達が、静寂での安らぎを奪われた驚きの余りか、怒りか興奮ともつかぬ勢いで、一気に樹々の枝から飛び立ち、騒がしく暴れ出した。まるで金属をこすり合わせた音の様な奇声は、唸る風の音さえ蹴散らし、幾千、幾万ともつかぬ無数の蝙蝠の群れが、暗闇の夜空を更に濃いそれらの色で覆いつくした。
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