ジュリアン・ドール
『もしも、神があなたを非難しようと、わたくしだけはあなたの味方です。・・・・・いつまでも、永遠に――。

神があなたに罰を与えると言うなら、私が代わりに罰を受けましょう。・・・だからジュリアン、あなたはまだ死んではいけません、生きるのです。・・・愛しい・・・私のジュリアン・・・・・』

「お母様!」



娘は、無意識にその声をお母様とそう呼んでいた。何故そう思ったのかはわからないが、それが、顔も見た事の無い、自分を生んですぐに死んでしまったと聞かされていた、聞いた事もない母の声なのだと本能が悟っていた。


確かにこれは声も知らない母の声。


『生きて・・・・・!それが・・・わたくしの望み…』


声はそこで途断えた。


「お母様・・・!お母様 ?! 」


娘を包んでいた温かな優しい風はどこかに消え、元の冷たい夜風が娘の身に絡みついていた。


「わかったわ・・・お母様」


娘はそう呟き空に向かって答えると、その“声”の言うとおりに、月を仰いで神に祈りを始めた。


どれだけの時間祈っていたのかわからないが、暫くの間祈り続けていた。そして、長い時間の懺悔の祈りの後、再び目を閉じ、あの声の言うとおりにおぞましい血の色をした罪の記憶を、記憶の底に沈めるよう、娘は強く念じた。


(私は何もしていない、何も知らない。今日の出来事は、深い眠りの中の夢の中での出来事。夢の中の事など、目が覚めた時には忘れてしまうもの。もう何も覚えていないわ。何も覚えていない・・・・・。何も・・・)


目を開いた時には自己暗示のとおり、すでにここで起こったことは全く覚えてはいなかった。



ただ覚えていた事は・・・・・そう、急がなければ!


ベルシナへ――。



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