ジュリアン・ドール
ハーリーは、ジーンズに黒いブラウスと言った軽装で歩いていた。


眠れずに床から起き出して来たので、いつもは艶やかな亜麻色の髪は、今日に限ってだらしなく乱れている。


彼のトレードマークである、鼻の下の亜麻色の口髭さえ不精髭にまみれていた。


半ば、放心状態のハーリーには、今日はそんな所まで気が回らなかった。


しかし、どんな奇跡が起きようと、胸がいっぱいになろうと、お腹が空いてしまうという、人間の仕組みには逆らえない。ハーリーは、小銭をジャラジャラと、手の中で弄びながら、街をぶらぶらと歩いていた。


「あら、ハーリー、珍しいねぇ!今日は早起きかい?」


気さくな呼び声は、聞き慣れたパン屋のメアリーの声だ。


ハーリーがまだ幼い頃、彼の両親がまだ生きていて裕福だった時代に、メイドとして彼の家に使えていた婦人だ。彼女は、当時同じくそこに雇われていた調理人と一緒になって、今は夫婦でパン屋を営んでいる。

当時は、若く美しく、また、良く働く評判の娘だったが、幼い頃から慣れ親しんだメアリーの声も、もう、すっかり年を取った、どっしりとした声に変わっていた。


振り向くと、そこには思ったとおり、ドッシリとした体格の中年の女が、白いエプロン姿でこちらに手を振っていた。


手には、雑巾を持っている。



「やあ、メアリー!ごきげんよう。お掃除ご苦労さん。早起きというより眠れなくてね。……しかし、こんなに明るい時間に街を散歩するのも悪くない。……折角だからメアリーの所にパンを買いに行こうと思ってね。考え事してたから通り過ぎてしまっていたよ」

「そうだったのかい。ちょうど今、エヴィが新しいパンを焼きあげたばかりだよ。新商品試してみないかい?今度のは絶品だよ!」

「そうだったのか、これはいい時に来た!」


ハーリーは、その髭をはやした口元に、満面の笑みを浮かべ、表情を飾った。



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