ジュリアン・ドール
アパートに戻って、早くパンを食べよう。


それにしても、夜明けまでは、あんなに冷え込んでいたのに、そういえば夕べ、あの娘と青年が帰った後、通り雨が降っていた。突然突風が吹き出して・・・・・、今日はこんなに青々と空は晴れ渡っているなんて。まるで夕べの天気が嘘のように、心地よい天気だ。

今度はいつ、あの可愛い妹に出会えるのだろう・・・・・?

記憶の向こうに存在する昔の姿と変わらぬ、美しい漆黒の髪の愛しい妹。


「エルミラ-ラ・・・・・」


ハーリーは、虚空に妹の名を呼びかけた。

しかし、通りすがりのショーウインドーに写る自分自身の姿をふと見ると、自分の姿は、愛しい妹とは不釣り合いな程、歳が離れ、なんと見すぼらしい格好をしているのだろうと、思わずハーリーは青色の吐息を吐いていた。


昔であれば二つしか離れていなかった筈の歳の差も、現代はどれくらい離れているかもわからない。今日のだらしない風貌は、よけいに老けて見えてしまう。


『やだ~、お兄様!お髭なんか似合わないわ。そんなのでは、誰もお兄様の妃になりたいとおっしゃるレディーはいなくてよ。クスクス』

ふと、そんな会話の記憶が甦ってきた。

エルミラ-ラの言うとおり、もう、若い頃から生やしてきた、口元の髭のお陰でか、未だ一人身のままだ。


それにしても、今まで知らなかった。ダルダの“あの人形”の置いてある、あの家に、“ 彼 ”が生まれついていたなんて・・・・・。


ハーリーは、妹の傍にいた青年の事も良く知っていた。彼が、どんな家に生まれついたのか?と言う事も彼の眸を見て透視することができたから。


現在はレストラン舞踏会と呼ばれる“ミューシャンの館”に住む貴公子、ローレン。その生まれ変わりがジョウ=クリスト。


彼はあの場所の広いダンステリアで、毎晩恋人と踊り暮らしていた。・・・・が、その恋人はミサの前世であるエルミラーラではなかった。


エルストン21世のが最も愛した即妃が産み落とした王女ジュリアン。当時のハーリーの腹違いの妹、エルミラーラにとっては腹違いの妹にあたる、黄金色の髪の姫君が彼の恋人だった。

誰が見ても羨むほどに深く愛し合っていた二人は、エルミラーラーによる禁断の愛の魔術により、ジュリアンは恋人を奪われ、そして人形に変えられたのだった。


魔術を解く為の魔術を施す以外にその効力に終りはなく、囚われた者の運命は終りを知らずに、生まれ変わっても尚、魔の力に囚われたまま、時を超えた今も愛する者の運命を絡め取っている。

愛の魔術を掛けられた者にとって最も恐れる事態というのは、魔術をかけられる以前に真実の愛を持っていた場合、二つの愛がその身の中で衝突し合い、本来持っていた愛の絆が強ければ強いほど、囚われし者の正気は狂気に蝕まれ、最後には廃人となって死に至るという危険を持っている。

魔女の血を引くハーリーも、エルミラーラも、半分は人間の血を引いた限りある命で生涯を終えたがた、唯一、人形にされたままのジュリアンだけがあの時代のまま血塗られた伝説を刻みながら今も生き続けている。


そして、ハーリーはミサとジョウに出会ったことでその現実を知った。


運命は奇跡を呼ぶものなのか?

いや、奇跡ではなく必然な巡り合わせのか?


再び同じ時代に同じ場所で運命の歯車が回りだしたのだ。

愛の魔術は今も続いていて、ローレンという名だった男、ジョウは、ジュリアンが生まれ育ったダルターニの離宮、後に人形店となった“人形店・ジュリアンドール”を営む家に生まれついた。

ジョウの隣には、彼を魔術で捉えたエルミラーラの生まれ変わりであるミサがいて、前世の記憶を知る由もなく、二人は何の疑いもなく愛し合い、婚約している。


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