ジュリアン・ドール
保安員は、煩く笛を鳴らし、道路を渡る娘に危険を知らせている。

娘の耳には全く笛の音は入っていない様子で、娘はゆっくりと路面を歩いていた。


「馬車が近づいて来ている、ジュリアン!」


ハーリーは叫び、パンの籠を足下に落とし、保安員の手を払い思わず駆け出した。


「あぶない!」


交差点の真ん中で、ハーリーが叫んだ。
娘がふと振り向いた瞬間、馬車は今にも娘に襲いかかろうとしていた。



「ジュリアン!!」

『ヒヒーン!』

「きゃあ~!」



ハーリーの叫びと、馬の嘶きと娘の悲鳴とが交差して、ペルソワの繁華街に響き渡った。

ざわめきが起こる。


ハーリーは一瞬気を失っていた。


眸を開け、身体を自らの腕で持ち上げ、辺りを見ると、そこには沢山の人が集まってきていた。

急停止した馬車から、一人の白髪混じりの栗色の髪の、ハーリーの様な口髭を生やした、金持ち風の中年の男が慌てて降りて来た。


「大丈夫ですか?急いでいたもので、つい速度を出し過ぎていました。申し分けありません。怪我の方は?」



中年の男は黒い帽子を脱ぎ、そこに膝を付いてハーリーの様子を伺う。



「私は、大丈夫です・・・・・」



 ハーリーは冷静に答え、路面に俯せになって倒れ込んでいる娘を抱き起こした。



「!!」



なんと!抱き起こした娘の衣装の胸部が破れ、乳白の色をした胸が露になっている。ハーリーは、慌ててそれを隠すように娘を胸に抱き締めた。


そして、転倒の際、淫らににもめくれ上がってしまったドレスの裾からも、素足が露にされていたのに気付き、ハーリーは急いでそれを隠すが、その時、赤い血で染まった、痛々しい足に気付いた。


「これは大変なことをしてしまったようだ。貴方の知り合いですか?」


中年の男が、ハーリーに尋ねた。


「あ・・・あぁ、彼女は・・・・・妹です」と、ハーリーは中年の男に答えた。
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