ジュリアン・ドール
「病院へ連れて行きたいところだが、しかし、今私は娘が危篤で、急いで家に戻らなければならない。申し訳ないが、これで病院に連れていくか、薬でも買って、手当てをしてもらえるだろうか?」


中年の男は、胸の内側へ手を忍ばせ、黒い革の財布を取り出し、そのままハーリーに渡した。

「しかし・・・・・、」



ハーリーは驚きの余り、中年の男の顔を見あげた。



「受け取ってくれ。本当に申し訳ない。



その中に私の名刺も入っている。足りなかったら1番街の私の屋敷を訪ねて来てくれたまえ・・・・・。急いでいるので失礼してもよろしいか?」


中年の男は、ハーリーに確認をとると、ハーリーは呆然と返事を返していた。



「は、はい・・・・・」



中年の男は、ハーリーの了解を得ると、深々とハーリーに頭を下げて見せ、手に持っていた帽子をかぶり直し、馬車へと駆け乗った。


馬車が見えなくなった後、保安員の笛の音が響き、周りに集まっていた人込みを散らしていた。


視界を遮っていた、集まる人の壁もなくなり、交差点を渡る手前で、馬車が保安員によって、止められているのが見えていた。


ハーリーは、自分が交通の邪魔になっているのに気付き、急いで路面に投げ出された紫色の花束を拾い、シャツを一枚脱いで、気を失ったままの娘の胸にそれををかぶせ、そっと娘を抱きかかえて道路を渡った。


歩道で娘を抱いたまま、ハーリーは、交差点を眺めて娘の靴を目で捜すが、どうしても見つからない。


(必要ならば、渡されたお金で買っても文句は言われないだろう。それよりも、早く手当てをしなければ・・・・・)


ハーリーは諦め、急いでアパートに戻る事にした。
< 90 / 155 >

この作品をシェア

pagetop