ジュリアン・ドール
「怪我をしていたし、衣装も胸の所が裂けていたからね、身体にも傷があるのではと、心配だったんだ。・・・・・大丈夫、血の繋がった妹に何もするわけがないだろう?」


ハーリーは、笑いながら答えた。


どうやら、この娘は先程の交差点での事故の事も、なぜ衣装が破れていたのかも、覚えていないらしい。と、ハーリーは悟っていた。


運命を透視する事のできるハーリーにも、固く固く記憶をを閉ざしてしまっている娘の身に何が起こったのか、読み取る事はできなかった。


ハーリーは、後片づけをしながら、この娘にどうやって自分が置かれている状況を知らせれば良いのか、悩んでいた。


七百年以上も昔のある日から、記憶はぷっつりと途絶え、そして、つい先程からの時間を紡ぎ合わせたかのように、この娘の時間は、昔の時代として続いているんだ。


そう・・・・・、この娘は、私の実の妹エルミラーラの仕掛けた愛の呪縛によって、恋人のローレンを奪われた可哀想な娘。

当のエルミラ-ラは・・・・・、いや、ミサは、記憶の底では、今でも、この娘の事を忘れてはいない。その人形の美しさに惹かれながらも、時には、人形に情熱的な視線を向けるジョウを見る度、嫉妬に似た感情さえ覚えているのだから。


事の始まりは、エルミラーラの抱いたローレンへの恋心であって、二人を引き合わせてしまったのはこの私。


ああ、全ては私の責任なのか?


エルミラーラの日に日に募るローレンへの恋心。しかし、視線を送ると、いつもローレンの傍らには恋人のジュリアンがいた。


エルミラーラはジュリアンに強い嫉妬を抱き、そして、ローレンに禁じられた魔術である、愛の呪縛を。恋敵であるジュリアンの方には強い魔力でその姿を人形へと変えてしまった。


ジュリアンがその呪縛から解放される方法は、ただひとつ。人の手にその人形が引き渡った時、元の姿に戻り、その身を主人に捧げる事。


魔女の血を引くものの特有の、異性を惹き付ける異常な程の妖艶な魅力で、この人形を手に入れた主人は、目の前で美しい姫君に姿を変えた彼女の絶世の魅力に我をなくし、非現実的な出来事の中で、何かに取りつかれたように、理性は男の本能である欲に食いつくされ、彼女を我が物にとしようと襲いかかる。


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