恋心



家に帰ると、若菜がリビングのソファに座っていた。


テレビもつけないで、シーンと静まり返った空気。


「ただいま」



俺が声をかけると、ビクッと肩をすくめて小さな声でおかえりと言った。


ずいぶんと泣き腫らした目をしてる。


そりゃそうだろう。


記憶もほとんどない母親が10年ぶりに突然目の前に現れたかと思ったらまさかの金貸してくれってさ。


泣くかキレるかどっちかしかねえよな。




「若菜…大丈夫か?」


「うん、全然!もう大丈夫」


「そっか……あのさ。親父には…内緒にしててくれないか」



シーンと張り詰めた空気の中、俺がそう言うと、若菜はうんうんと頷いて。



「私もそれお兄に言おうと思ってたの」



泣き腫らした目を細めて笑った。


俺たちはきっと同じことを考えていたのかもしれない。

人の良い親父は、もしかしたらあんな女にでも金を貸してしまうかもしれないと。




「ぶん殴ってやったから。もう多分現れることないし、安心しろ」


「えっ?殴ったの⁉」


「おー、20発くらい殴ってボコボコにしてやった」


「えーっ!お兄やるじゃん!」



楽しそうに若菜は笑う。




正直言うと若菜の前には現れてほしくなかった。


真っ先に俺の前に現れてほしかった。


傷つくのは俺だけの方が良かった。



ごめんな…若菜。



「若菜、今日何食いたい?」


「うーんとねー、そうめん!」


「そうめんかぁ。ラクだな今日は」


「てかお兄早く着替えてきなよ!びしょ濡れじゃん」


「おー」



急いで着替えると、いつものように俺はキッチンに立った。


昔は面倒くさいと思ってたけど…今はそうじゃない。


これが俺なんだ。

俺の日常。俺の場所。



なぁ、若菜。

悪くねーよな、こういうのも。


テレビを付け、ケラケラ笑う後ろ姿を見つめながら、俺はいつものように手を洗い、そしてーーー


今日も晩飯を作る。


うん、悪くねーよ、こういうのも。


今はさ、こんな時間も楽しめるようになった。



6時のシンデレラボーイ。


まぁまぁかっこいいんじゃね?


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