遠い坂道
街から電車とバスを乗り継ぎ、徒歩で十分くらい行ったところに私が住んでいるマンションがある。
閑静な住宅地は日曜日も変わらず静かだ。立ち並ぶ街路樹は一面ピンク色で私を迎えてくれる。鳥のさえずりが耳に優しい。
空にうっすら浮かぶ白い雲、おしゃれな雑貨屋、まるでセピア色をした写真の中の風景みたいである。
マンションの二階に住んでいるので、ダイエットのため階段を使った。少し息切れしつつ、カチャリと家の鍵を開ける。
「ただいま」
誰もいない部屋。返事などあるはずもない。けれど、何となく言ってしまう。
一人で生活するようになって、今年で七年目になるが、そのくせだけは抜けない。
私はバッグをソファへ放ると、黒いラグマットに寝転びテレビのスイッチを入れた。
何もやることが見つからない。
新学期に向けて授業方針でも立てておこうか、と机の上に散らばった書類をかき集めて目を通す。
私立・松羽城(まつばじょう)学園高等学校。
内定が一つも決まらず悶々と過ごしていた私に、手を差し伸べてくれた学校である。もちろん、迷うことなく就職を決めた。
私は一枚の資料に目を止める。
三年五組、副担任。
思わず笑みがこぼれる。なんて嬉しい称号。
副担任になるのなんて、まだまだ先とばかり思っていたのに。ああ、何度見ても幸せな気分だ。
去年は右も左もわからない一年目だったため、先輩教師のあとをついて行くのに精一杯だった。多分の迷惑もかけた。
だから、今年はきちんと自分に与えられた役割をこなそうと思っている。
たいへんなこともあるだろう。それでも、頑張ろう。
意外に私って真面目だったんだと今更気付いた。
まろやかな午後の陽射しが、カーテンをすり抜けて窓際を照らした。開け放した窓からはまだ少し冷たい風が吹き込んでいた。
この時、私は期待ばかりを膨らませていて。凍える季節のことなどすっかり忘れていた。