遠い坂道


「じゃあ、皆、起立」


 ワックスがけされた床の上をイスが滑る。大勢が同時に立ったため、相当大きな音がした。


「気をつけ、礼」


「ありがとうございました」


 小さく礼をする者、腰を折って礼をする者、頭を少し下げるだけの者。


 実に様々な生徒達。


 このクラスが、私の担任するクラス。徐々に実感が込み上げてくる。


 いや、副担任だけどね。


 身が引き締まる思いだ。



 このあと体育館で三年生だけ進路オリエンテーションがある旨は、先程ちゃんと伝えていたため、生徒達は鞄を持って教室を出て行く。


「高崎先生、戸締りを頼んでもいいかな」


 困ったように眉を下げて村上先生が言ってきた。彼は数人の生徒に囲まれている。私は笑顔で首肯した。


「はいっ」


「ありがとう」


 村上先生は笑い返し、生徒達と一緒に体育館へ歩いていく。

 それを見送り、私は窓を閉めた。



 カタリと音がする。
 音のした方を振り向けば、そこには荒木君がいた。



 彼はじっと席についたまま動かない。



 気まずい。


 ここは、ビシッと『さっさと体育館へ行きなさい』と言うべきなのだろうか。いや、もしかしたら具合が悪いのかもしれない。

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