遠い坂道
「…………荒木君」
私は無難に彼の名を呼んだ。若干、声が上ずっていたと思う。荒木君からの返答はない。
「具合でも悪い?」
問えば、憂鬱そうな表情で彼は首を横に振った。
「じゃあ、体育館へ行かないと」
強めの口調で言った。別に間違ったことは言っていない。
荒木君はようやく私の方を見た。
見れば見るほど、整った顔をしている子だと思う。
彼はコーヒー色の目を細め、席を立った。
体育館へ行く気になったのだ。
私はふっと息を吐く。
「別に、進学する気なんてないし」
「え? ちょ……っ」
荒木君は乱暴にそう言い放ち、体育館がある階段とは正反対の階段へ向かう。
「荒木君っ?」
私の呼びかけを無視して、彼は肩で風を切りながら去ってしまった。