遠い坂道


「大体、不況真っただ中なこのご時世が、この場にいるみんなを落とした大原因じゃね?」


「だな! 今日はおれ達が景気良く飲んで食って、日本の不況を吹き飛ばしてやるぜ!」


 頭が痛い。

 私はこめかみに手をやって首を振った。馬鹿丸出しのこの団体を、この居酒屋にいる他の客はどんな目で見ているだろう。
 想像するに耐えない。



 不合格傷心会とご大層な理由づけをした飲み会は、深夜まで続いた。

 二次会へ行く者が大半の中、私はさっさと帰ることにした。友美子が二次会に行くから、行ってもいいかなと思ったけど……やめた。

 今日はしんみりと一人で夜を明かしたい気分なのだ。


 根暗? 内向的?


 どうとでも言うがいい。

 ふと空を見上げると、真白い満月がぽっかりと夜空に浮かんでいた。

 私は、ぼんやりとビルの隙間からのぞく空を見ていた。星なんか一つとして見えやしない。これだから都会はと毒吐いてみる。

 まだ十一月だというのに、雪でも降るのではと心配になるほど空気が冷たい。


(…………就職か…………)


 そのことを考えるだけで憂鬱になってくる。

 私は髪を掻きあげた。
 胸元まである茶髪は就職活動のためだと、夏に黒に染めた。

 染色したと一目でわかる異質な黒さを鏡で見るたび、気持ちがふさぐ。


 閉館した商業ビルのショーウインドウに映る自分の冴えない姿に、思わずため息がこぼれ落ちた。


(だめだめ、ため息ついてもいいことない)


 半ば無理やり自分自身を奮い立たせて、帰り道を急ぐ。
 時刻は十二時を過ぎたところだ。もうすぐ最終電車が出発してしまう。

 私は小走りで青信号の横断歩道を渡ろうとした。





 その時。




 視界が飛んだ。


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