遠い坂道
「タバコなんか吸っちゃ駄目」
「…………」
私はすかさず彼からタバコを奪った。
「まだ高校生でしょう」
彼――荒木美都夜は舌打ちし、私からタバコを取り返す。
そしてまだ火が燻ぶっているタバコを地面に押しつけ、律儀に吸殻ケースの中へ入れた。
私は手を差し出す。
不審げな目で荒木君は私を見た。
長い前髪から覗く鋭い眼光に怯みそうになるが、唇を引き結んで厳めしい表情を取り繕った。
ここで引き下がったら教師失格だと自分に言い聞かせる。
「タバコ、出しなさい」
「…………」
荒木君は肩を竦め、胸ポケットから真新しいタバコの箱を取り出して放る。
「俺以外にも吸ってる奴いるし」
ぼそりと彼は呟いた。
「タバコ持ってるのがわかったら、その子達のもちゃんと取り上げます」
「……ふーん。いたちごっこだな」
荒木君は興味なさげに太ももに肘をつく。指通りが良さそうなアッシュグレーの髪が煌めく。
私は改めて荒木君を上から下まで眺めてみた。
……うん。やっぱり、あの交通事故の時に遭遇した少年に間違いない。
しかし、感情を剥き出しにして泣いていたあの少年と、今目の前にいる彼とがどうしても上手く重ならなかった。