遠い坂道


「ああ、ゴメンゴメン」


「ゴメンゴメン、じゃないです」


 仏頂面で唇を尖らせる私に、笹木先生は大して悪びれた様子もなく笑いかけてくる。


 私は四限目終了後すぐ、職員室にいた笹木先生を捕まえた。何故、荒木君を出席扱いしていたか確認するためである。


「荒木のことだから、遅刻してくるだろうと思って出席にしちゃった」


 アバウト過ぎる。こんな人が教壇に立っているなんて、私の恩師が聞いたら卒倒するに違いない。

 私は頭を押さえた。


「……事情はわかりました。でも、二限目の英語も三限目の生物も出席になってたんです。……理由を知っているのであれば、教えて下さい」


「あれ、もしかして……村上さんから何も聞いてない?」


「はい?」


 笹木先生は目を瞬かせた。


「荒木は学校長承認の上、高校へ登校するだけで全ての授業を出席扱いとされるんだ」


 ……開いた口が塞がらない。そんな特例、聞いたことがなかった。何故、誰も何も教えてくれないのか。


「ま、そういうことだから」


 笹木先生は軽やかに食堂へ向かおうとする。私は彼の腕を引いた。彼はバランスを崩してつんのめる。


「ちょっと、高崎さん」


 迷惑そうに笹木先生は頭を掻く。


「もう一つだけ質問させて下さい」


 下手には出ず、私は勢い込んで聞いた。


「荒木君って、留年してるんですか?」


「……それも聞いてなかったの?」


 首肯すると、笹木先生は大きな溜め息を吐いた。


「村上先生、前々から大雑把だとは思ってたけど……ここまでとはね」


 笹木先生はそうぼやきつつ、教えてくれた。


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