遠い坂道
「荒木は去年一年高校へ来てない。一昨年……あいつが高二の時、交通事故に遭ったことは知ってるかな」
「はい」
「なら話が早い。そのせいで荒木は酷い怪我を負って入院してた。そのあと、何とか三年に上がったんだが。ぴたりと学校へ来なくなってさ。単位が取れなくて留年したってわけ」
「ずいぶん詳しいですね」
笹木先生は「まあね」と腕を組む。
「俺、あいつが一、二年の時の副担だし」
「そうだったんですか」
「ちなみに村上先生は荒木が一年の時からずっと担任をしてる」
初耳だった。
笹木先生は微笑んだ。
「入学当初から荒木と田村って奴二人は悪ガキでさ。村上先生ぐらいしか手に負えなかったよ」
「悪ガキ……」
悪ガキなんていう可愛らしい表現で荒木君は形容出来ないと思う。
もっと根深くて、ドロドロしたものを彼からは感じる。
私の奥歯に物が詰まった言い方に気づいたのか、笹木先生は軽く頷いた。
「今の荒木には悪ガキなんて甘っちょろい呼び方は似合わないけどね、当時は可愛らしいクソガキだったんだ」
「……想像、出来かねます」
「あいつは変わった」
ぼそりと笹木先生は呟いた。その横顔に一片の失望が垣間見える。
「ストッパーだった田村がいなくなったせいだな」
「田村君は転校したんですか?」
私の質問に、笹木先生は首を横に振った。
「亡くなったんだ」
声が、喉から消えた。