遠い坂道
「田村勝喜(たむらかつき)は、一昨年……荒木と一緒に車にぶつかった。ほぼ即死だったらしい」
私はその時、一昨年見た事故現場の状況を鮮明に思い出した。
荒木君の他に倒れていた少年。人口呼吸を施されていた、ピクリとも動かない少年。
唇が震える。それを押さえ込むため、下唇を強く噛んだ。
「連絡を受けた時は夢か何かだと思った。死体を見るまでは……信じられなかったよ」
笹木先生の表情が蔭る。
「……荒木君は、それで心の傷を負って……」
「まさか」
荒木君の心の傷を危惧する私を、笹木先生は一笑にふした。
「荒木は飄々としている。田村のことなんて……もう忘れてるんじゃないかな」
「そんなこと――!」
「高崎さん」
彼にしては珍しく、厳しい声色で私の名を呼んだ。
「荒木に限らず、生徒を信じすぎない方がいい。過度の期待を持てば、その分失望も大きくなる。特に荒木は、この周辺でも有名な問題児だ。下手に関わると君が危険だよ」
「でも……。私は彼の副担任です」
私ははっきりと言い放った。
笹木先生は、やれやれと溜め息を吐いた。
「担任でもないのに、優しいね。高崎さんは」
じゃあ俺はこのへんでと彼はそう言い、食堂へ向かった。