遠い坂道

 少しして、荒木君はシャーペンを持つ右手で髪を掻き混ぜた。ひょい、とノートを覗き込んでみたら、訳に詰まっているようだった。


 ちょうど良かった。いい暇つぶしになる。
 古典は私が最も得意とする分野であり、専門教科だった。


「……教えようか?」


 私の申し出を荒木君は無視する。しかし、それに気づかないふりをしてペンケースから蛍光ペンを取り出すと、彼の訳が止まっている箇所を指し示した。


「ここは、そういう訳し方もあるけど、こうした方が意味を拾い易いから――」


 荒木君は私の話を黙って聞いていた。そして、言ったとおりに訳してくれる。


 そのあとも、彼が訳に詰まる度に解法のヒントを教えてやっていた。



 一しきり問題集を解かせてみてわかったが、荒木君は恐ろしく数学と日本史の知識がある。
 しかし、それと同じくらい、国語と英語がてんでダメだった。



 もともと頭は悪くないのだろう、一度間違えたところを二度間違えたりしないし、呑み込みも早い。



 意外にもなかなか教えがいのある彼を前にして、久しぶりに熱く指導してしまった。



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