遠い坂道
「は?」
「ほら、だってここから先が右手で書いた文字でしょ?」
パラパラとノートを捲り、今さっきまで荒木君が書いていた文字をなぞった。
ミミズの這ったような文字ではあるが、ちゃんと何と書いているか判別出来る文字が羅列している。
「一生懸命右手で書く練習したから、ここまで綺麗に書けるようになったんじゃないの」
荒木君はぽかんとした顔で私をじっと見つめていた。
……やばい。厭味に聞こえたかもしれない。
別に、上から目線で言ったわけではないのだが、解釈のしようによっては、そう判断されかねない言葉だ。
ややあって、荒木君は少しだけ頷いた。彼の顔に怒りや苦しみは浮かんでいなかったため、私は安堵の溜め息を洩らした。
荒木君は黙って問題を解き続けた。
皆が言うほど、彼は悪い生徒じゃない。全てを拒絶する瞳を見た時は、息が止まるかと思ったけれど。
私は彼が問題に行き詰ったらヒントを与えて先へ先へと進ませた。無駄な会話は一切しなかったが、いつの間にか息苦しさは感じなくなっていた。