遠い坂道
「大丈夫、大丈夫だから」
そう言うしかないだろう。
それしか言葉が思い浮かばない。
国語教師目指している身として情けないことこの上ない。
私の苦し紛れの言葉に安堵したのか、少年はふっと目を閉じた。
「ちょっと……ねえ! しっかり!」
段々、少年の血の気が失せていく。頬を軽く叩いてみるも、反応はない。
死んでしまったのではないか。
「だ、誰か!」
私はひどく動揺しながら、周囲の人に助けを呼びかけた。
人だかりの中から若い女たちが進み出た。彼女たちはおろおろする私を尻目に脈拍の確認を取って、止血作業をしてくれる。
「わたしたち、看護師なんです」
そう彼女たちに言われた私は、それなら早く出てこいやと心の中で叫んだ。
事故が起きて数十分が経過したのち、ようやく救急車が到着した。
担架で運ばれていく二人の少年の顔を私は生涯忘れないだろう。
自分の目の前でこんな――生死の境目を分ける事故が起きるなんて、誰が予測出来るだろうか。
救急車と入れ替わりでパトカーが数台やって来た。私を含め、現場を目撃した数名が事故当時の詳しい状況を聞かれた。
情けないことに一瞬の出来事だったため、車のナンバーなんて覚えていなかった。
一番近くで見ていたというのに、何の貢献も出来ない自分が腹立たしい。
申し訳なくて俯いていると警察官が、
「そりゃ、目の前でこんな事故起こればパニックになるよ。家まで送っていくから、今日はゆっくり休みなさい」
と言ってくれたので私はその言葉に甘えることにした。
酔いはすっかり醒めていた。