遠い坂道
下校のチャイムと共に、私は相談コーナーへ向かう。
そこには既に荒木君の姿があった。
彼は昼休みから登校し、そのままずっと相談コーナーにいたようだ。
無心に勉強を続ける彼を見ていると、一人の少女の面影と重なる。周囲に壁を作って、自らを孤独に追い込んでいった『彼女』と、目の前にいる彼は、非常によく似ていた。
見ていられない。
「ねえ」
声をかけると、荒木君はピタリと数式を解く手を止めた。彼のコーヒー色の双眸がこちらを見る。
「どうして教室へ行かないの?」
荒木君はコーヒー色の双眸をマジマジとこちらへ向けた。
そんな風に問われたのは初めてだと言わんばかりの驚いた顔に、余計焦燥感を覚える。
まだ、彼は間に合う。まだ、輪に戻れる。
「少しずつでもいいから、教室へ戻ってみない?」
言葉を重ねると、荒木君はぴくりと眦(まなじり)を吊り上げた。
「……………………関係ねぇだろ」
「関係あります。副担任だし、相談コーナーの担当です」
「……じゃあ、もう来ない」
まるで、聞かん気の強い子供みたいだ。いや、高校生なのだから十分子供なのだが。
荒木君は散らかした参考書やノートを掻き集めてカバンへ詰め込み、そっぽを向いて相談コーナーを後にする。
止めようかと思ったが、ここで私が折れたら彼は教室へ戻るタイミングをずっと掴めないままになってしまう。