運 命
「ん…ベレー帽の人でしょ?」
男の人が煙草の灰をぱっと払って立ち上がりながら言った。
「はいっ!…へえ,森さんっていうんですかあ…」
うっかり独り言のように呟くと―しかもたぶんにやけながら―その人が,ちらりと私を見た。
「森さんの知り合い?」
「いやっ…全然!」
まずいまずい。
あまり詮索しすぎたら怪しまれるに決まってる。
むしろもう…怪しまれてる?
独断でそう思い込んだ私は慌てふためき,とにかく話をそらさなければという一心で口を開いた。
「えとっ…あの…あ,あたし,篠崎夏歩っていいます!高校3年生です!よろしくお願いします!」
…あとから何度も思い出しては,その時にはすでに手遅れなくらいばかだったんだと気づいてへこむ。
何を血迷ったか私が自己紹介をしている間,男の人は自動ドアのそばにある吸い殻入れに煙草を捨てている最中だった。
私には背中しか見えなかったけど,小刻みに震えるその背中は,その人がまたもや吹き出したのを知るには十分だった。
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