山田さん的非日常生活
カボと別れてから、お母さんに頼まれた食材を買いにスーパーに寄った。
『今夜はすき焼きよ』
ニッコリと笑って材料を買ってきて、だなんてそんなことを言われたら、ずいぶん遠回りになるスーパーにもしぶしぶ出向いてしまうのは仕方ない。
…ただね、お母さん?
頼まれものが書かれた紙を凝視する。
・餃子の皮
・きゅうり
・ポッキー(最近CMしてる期間限定のやつ)
…今晩、本当にすき焼きですか?
違和感を拭えないまま、お菓子コーナーで新発売とやらのポッキーを物色していると、ふと下の段に青い袋が目に入った。
ポップコーン。
どうやら味は、つい先ほど会っていた男いわく"下四割"の方の味らしい。
その青い袋に手を伸ばそうとして、思わずハッとした。
…こういう時に、嫌だと思うのだ。
カボが話したこととか、昨日食べたものとか、好きだといったものとか。
勝手に影響されて、いつの間にか意識してしまっている自分に気づかされるから。
現にあたしの舌は、ポップコーンのキャラメル味の甘くしびれる感じだとか、塩味のじんわりと染みる感じだとかを味わいたいと訴えていた。
『肩書きをつけたい気分です』
整った顔を存分に崩した、ニヤけたアホ面を思い出す。
多分あたしも、"東山さんの彼女、山田幸子"の肩書きを結構なかんじで気に入ってしまっているんだ。ああ、もう、本当に嫌だ。…っていうか種類多すぎてどれかわかんねぇよ、ポッキー。チョコでいいじゃん。限定品とか、そんな誘惑で世の中の女性を太らせないでください。あたしのお母さんを、「ちょっとぽっちゃり」の領域からさらに遠くにやろうとしないでください。
頭の中でぐるぐる、そんなことを考えているとポケットにあるケータイが震えた。
.