山田さん的非日常生活
…それって。
『カボがカボだから、好きなんです』
あの夕食のワンシーンを思い出す。あたしのセリフと全く一緒じゃないか。
思い出すだけで体の奥がかぁっと火照る。どうしてあんなこっぱずかしいことが言えたのか。追いつめられた人間のすることって恐ろしい。
「あの時、本当に、すごく嬉しかったです。これを聞くために生まれてきたんじゃないかっていうくらい」
…んな大げさな。この世に生を受けたことに、もうちょっとマシな理由をつけてあげなきゃかわいそうだ。
例えば?って聞かれても、生まれてきた理由にそんな高尚な答えはあたしも言えないけど。
「だって僕も本当に、同じことを思ってたから」
ダダン、と控えめな音を立てて、エンジンが止まった。あたしのバイト先のコンビニ近くに横付けされた車。
…もう着いてしまったのか。行きしに比べて、帰りはずいぶん早い気がする。
どうしてだろう。なんだかまだ、帰りたくなかった。
携帯の電池が二個しかないみたいな、ほんのちょっと充電不足みたいな。そんなかんじ。
でも『まだ帰りたくない』だなんて可愛らしいセリフ、絶対吐けない。
絶対に絶対に言えない。
…もう少しカボといたい、だなんて。
カボが言うように意地っ張りで、女度が足りない自分自身に嫌気がさす。
悟られないように平然とシートベルトを外した、その時だった。
いきなり傾いた体。
目の前にはカボの胸元。
急に息苦しくなった呼吸。
「ちゃんと家の前まで送ります、山田さん。…ここに止めたのは」
ぎゅうっと、背中に回る手に力がこもる。
何が起こったか理解するのに、しばらくかかった。
…あたしはカボに、抱きしめられていた。
「ここに止めたのは…急にぎゅうってしたくなったので」
棒になったみたいに硬直したあたし。カボの背中に腕を回すことすらできない。
でも二個だった充電が、ものすごい勢いで三個になっていくのがわかった。
カボはどうでもいいことでは照れるのに、急に大胆になるから困る。
そのギャップに、恋愛経験が薄弱なあたしはいっつもついていけないんだから。
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