山田さん的非日常生活
滲み出そうともがいていた、あたしの涙も思わず引っ込む。
でもそれと一緒にいらっしゃいませ、の営業文句まで喉の奥に引っ込んでしまったようだ。
しばらく放心したみたいに黙っていたあたしを前に、カボは不思議そうに首を傾げた。
「山田さん?」
「…ああ、すみません!」
現実に引き戻されてあわあわとプリンを手に取る。
手の中に納まったそれは、かぼちゃの黄色でもなくミルクの白っぽい色でもなく…茶色だった。
「今日はココアプリンにしてみました」
聞いてもいないのに、彼はやっぱり意気揚々と語り出す。
「今日はバレンタインですね、山田さん。でも僕一つももらえないので自分で自分にあげようと思いまして」
…ああ、そう。
見た目は悪くないのに。それどころかよく見れば格好いいの部類に入るのに、モテないのか。
性格の問題か。うん、きっとそうに違いない。
…まあ、所詮前世はカボチャらしいしね。
「あ、今こいつ寂しい男だなぁって思いました?」
…思ったけど。
「その通り!大正解です山田さん!!でも残念ながらこのプリンは最後の一個だったのであげられません」
…誰も欲しがってないし。
はぁ、と小さくため息をついた。
こちとらつい先ほど失恋したばかりなのに。
…バレンタインの話なんて、ミジンコほどにも聞きたくない。
「きっと神様が寂しい僕にココアプリンを残しておいてくれたんだと思います」
…キリスト教信者ですか。
っていうか、早く帰ってよ。
聞きたくなんか、ないんだってば。
「山田さんは──、」
──ああ、もう。
その時のあたしは、四文字熟語で表すなら自暴自棄。
レジ下のピンクの箱を、目の前のカボに押しつけていた。
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