ただ君だけを。
扉を開ければ、つんっと鼻に来る薬品の匂い。
そう、保健室。
何も言わずにずんずん奥へと進んで、ベットに腰掛けた。
ギシッと軋む音がして、体が軽く沈む。
そして何かの書類を書いている、白衣の先生の背中に声を掛けた。
「せんせー。ベット貸して」
「夏輝くんまた来たの?朝はホームルームぐらい出てから来なさい。授業は別に受けなくてもいいけど」
返ってくる答えは『サボるな』ではない。
あまり俺に干渉してこないこの先生は、ほとんどここにはいない。
「ホームルームなんて出ても意味ないし。…陽歌に会うし…」
ぽそっと消えそうなくらい小さく呟いた最後の言葉は、先生には聞こえなかったらしい。
「まぁいいわ。私はちょっと今日はここにいないから。用事なのよ。誰か来たらいないって言っておいて」
立ち上がったときに膝まである長い白衣が風を含んでふんわり膨らむ。
あまり似合わない黒ぶちのメガネを人差し指で軽く押し上げて、先生は出て行った。