夜獣-Stairway to the clown-
「い、乾君?何でここにいるの?」

「こっちに用事があったからね。たまたまだよ」

僕と代わりのない対応であり笑顔だった。

「警官を呼んだのも乾君が?」

「俺だけがいってもきっと勝ち目がないし呼んどいて正解だったよ」

「ありがとう!」

嬉し涙かなんなのか、さっきの顔とは違う笑顔だ。

やっぱり乾といたほうが幸せなんだろうか。

こいつには勝てない悔しさで僕はポケットの中の箱を握りつぶした。

「神崎君が粘ってくれたっていうのもあるけどね」

ほとんど乾一人の手柄なのだが、これは情けだろうか。

情けは人のためならずということわざがある。

意味は二つあるが、それは僕のためにならないということだと解釈する。

乾にとっての意味は僕に情けをかければ夕子にすかれるくらいだ。

それが乾にとって巡り巡って自分のためになるということだと思っても違いないだろう。

しかし、今ここに僕がいる必要はない。

助けたのは乾だし、僕は無様にやられただけだ。

夕子も僕の扱いに困るだろうし、いないほうがましだ。

「悪い。傷が痛むから先帰る」

「コウ、傷の手当てだったら私が」

「問題ない。自分で出来る」

居たたまれない気持ちになり、その場を駆け足で走って去った。

もう終わりだと思う。

ここまでこれば僕に勝ち目はない。

夕子に何かするなんていう気持ちは起こらない。

乾に任せたほうがすべてがうまくいく。

邪魔する必要なんかないんだ。

そんな自分の中の決定事項を思いつきながら、自室で自分の怪我の手当てをしている。

「二日連続立て続けに、やられるのも心地のいいものじゃない」

消毒液をかけるたびに傷の痛みと心の痛みが走る。

「くそ、くそ、くそ!」

悔しさで頬を伝わってくる液体をとめる手立てはない。

桜子ちゃんも守れない、夕子も守れない。

佐伯家を守れないような仕組みにでもなっているのか。
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