月魄の罪歌
蝶々が間近に迫ってきた。
もう逃げられない。
日向子は佑哉の前に立つと、腕を顔の前でクロスした。
受け止める気らしい。
「っ!!ヒナっ!!」
瑠璃と壱哉は茂みから飛び出した。
二人の元へ駆ける。
次の瞬間、蝶々が四人に襲いかかった。
無数の蝶々の羽四人の腕に当たる。
長袖を来ていたお陰で直接鱗粉が付かなかったのはせめてもの救いだった。
しかし、蝶々の数が多いだけに、群れが過ぎ去るのにだいぶ時間がかかった。
いくら佑哉のように虫嫌いではないにしても、さすがに気持ち悪くなってきた頃。
最後の一束が四人を通過した。
日向子は恐る恐る腕を退ける。
きつく目が閉ざされていた為、視界がはっきりしなかった。
「……っ……瑠璃、壱哉…大丈夫??」
「…な、なんとか…」
「俺も……」
二人の声を聞いて安心した日向子は、思い出したように指で目を擦った。
手を握っていた為、指には鱗粉が付着されていなかったのだった。
しかし、擦り終わり、しばらくすると徐々に景色の輪郭がはっきりしてきて、自分が置かれている状況を理解する。
「…………え………」
日向子の目がとらえた景色は、先程まで見ていたそれでは無かった。
見渡す限りの赤い花。
そして、それらをはべらかすように立つ一本の巨大樹。
「どこだ、ここ……」
意識を取り戻した佑哉が、驚きを隠せない声を発した。
そのまま口がぽかんと開く。
壱哉も佑哉と同じように口が開いていた。
「こ、これ、月下美人だわ!!」
花の観察をしていた瑠璃が叫んだ。
三人は瑠璃の方へ視線を向ける。
「ちょっと待ってよ…。月下美人って、普通真夏の夜に咲くものよ?…しかも、赤色なんて…孔雀サボテンならまだしも、月下美人に赤なんてないわ!!」
瑠璃は雑学好きで物知りだ。
研究心が強い為、よく回りに迷惑をかけるのが玉に傷だが、今回はプラスに働いた。これで、ここが異様な事が立証されたのだ。
その代わり、蝶々に気を取られて道を外れてしまった、という日向子の浅はかな考えは打ち砕かれてしまったが。
現状の状況を把握することは生存に繋がる。
ここが、異様なら尚更だ。
「は、早く帰ろう…きっと森の中に入れば、山を下れるよ」