《短編》猫とチョコ
走ってきて息も切れ切れのあたしとは正反対に、みぃは目を輝かせていた。


“アレやろう!”とみぃは、掴んだままの手を離してはくれず、さらに引っ張って。


捕らえられたネズミのように、あたしは振り回されっぱなし。


金魚すくいの出店で足を止めるみぃに、“食べる気?”なんて聞いた。


キョトンとしているみぃはきっと、あたしが猫のようだと思っているなんて、

まるで気付いてないって顔してた。



『あー、破れた!!
逃げ足速いって、魚のくせに!!』


「…足ないって。」


大袈裟に声を上げたみぃに、やっぱりあたしは呆れ半分で。


だけど馬鹿みたいで、思わず笑ってしまった。



途中何度か、みぃの携帯が鳴っていた。


“ハルだし、無視しとけ!”とか言っていたけど。


多分その中の何回かはきっと、女の子からの着信だったろう。


だけどあたしは、また喧嘩にはなりたくないから。


何も言わなかった。


ちょっとだけ、楽しいと思ってる自分が居て。


あれほど彼氏のことを考えていた自分が、気付いたら居なくなっていたんだ。





「…ありがと、みぃ。」


まだお祭りは盛り上がっていたけど、あたしは早めに駅に向かった。


そして送ってくれたみぃに、笑顔を向ける。



『…良いよ、そんなの。
元気になったんなら良かったし。』


“じゃあな”と言ったみぃは、あたしに背中を向けて人の波に消えてしまった。


昨日彼氏に言われた“じゃあな”の言葉。


同じだけど、今日は全然違ってて。


少しだけ元気になり、家路の徒についた。


サクラからの電話もメールも、全部無視。


上手く行くことを心から願えるようになったのはきっと、みぃのおかげだね。


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