《短編》猫とチョコ
『…良いのに、一口で。』



一口で返されるのが、良いわけがない。


てゆーか、この男が口をつけたものなんか飲みたくない。



「…好きなんでしょ?
あたしもぉ飲まないから、あげるよ。」



正確には、“いらないよ”だけど。



『…マジ?
優しいんだな。』


そう言ってみぃは、笑った。


笑顔なんて、多分初めて見たと思う。


いや、教室に居てもちょこちょこ笑ってはいたけど、あたしに向けられたものは初めてだった。


陽だまりのような顔で、あたしの中の嫌いだったみぃの部分をちょこっとだけ溶かした瞬間。


嫌だと思ったからあげたのに、こんな顔をされるなんて思ってなかったから。


ちょっとの罪悪感を残し、あたしは再びノートに目線を落とした。


隣でみぃは、あたしのあげたイチゴジュースを飲み、また伏せるようにして目を瞑る。



それからのみぃは、たまに話しかけてくるようになった。



“次、寝れる授業?”だとか、

“今日も暖かいね”とか。


相変わらずあたしは、みぃに対して呆れる以外になかったわけだけど。


それでも、それなりに穏やかな時間が流れていた。


害はないから嫌うほどでもないって気付いたし、

いつも呑気な寝顔は、無理して嫌ってることが馬鹿馬鹿しく思えてくるから。



猫みたいな男だと思ったのは、いつの頃からだっただろう。


多分、他の人が“みぃくん”と呼んでいるのも手伝ったんだろうけど。


だけど思いっきり似合ってるから、余計にみぃのことが猫に見えてきた。



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